「シティ・オブ・ゴッド(シダーヂ・ヂ・デウス)」ではファヴェーラ(の一部分ではありますが)のリアルな姿を、
「ナイロビの蜂」では、先進諸国がアフリカに対して何を行っているかを、
世の中に知らしめたメイレリス監督。
なんて言い方をするとフェルナンド・メイレリス監督が
ガチガチの社会派映画監督みたいに思えちゃうかもしれませんが
決してそうではありません。
社会的に告発すべき問題を直視しながらも、
それはあくまで素材であって、
映画そのものは
リアルな息吹きが息づく人間ドラマだったり
究極のラヴ・ストーリーだったりするところが
メイレリス映画の凄いところだと思います。
上記のふたつの映画は
社会的にマイノリティの立場に押しやられている人々の現実を描いている点で共通点がありましたが、
今回の「ブラインドネス」でもまた、
主人公を含め物語の軸となる人々は、
社会的にマイノリティの立場に押しやられてしまう人々です。
しかも状況は、いままでで一番ハードかもしれません。
ファヴェーラでもアフリカでもなく、
私たちが普通に日々を送っている、都市の日常の中で起こる物語なのですから。
ある日を境に
突然、社会的に排除されてしまう運命となるのは
中産階級の都市生活者なのです。
舞台は、世界のどこかにある大都市。
いろいろな人種の民族が生活しているので
サンパウロのようでもありNYのようでもありますが
あくまで架空の都市です。
(ロケはサンパウロやカナダ、モンデビデオで行われています)。
ある日突然、この大都市が発端で
世界中に目が見えなくなる伝染病が流行して
感染者が次々と、病院に送り込まれていきます。
政府の隔離政策で、
続々と感染者が収容所に送り込まれていきます。
最初の感染者(伊勢谷友介)、その妻(木村佳乃)、
伊勢谷を診察した眼科医、
伊勢谷を助けるふりをして車を盗んだ男、
病院にいた女性(アリシ・ブラガ)とその小さな息子...。
完全に隔離されたこの収容所では誰ひとりとして目が見えないので
最低限の食糧だけは支給されるものの
トイレも選択も移動も、生活の全ては触覚や嗅覚、聴覚に頼るのみ。
当然、環境は次第に劣悪になっていきます。
映画の主人公たちは
収容所に隔離されることで
ひとたび社会から排除されてしまうと
社会からはまったく隔離され、存在すら無きものとされてしまいます。
「見えない存在」にされてしまう、ということは
まさにファヴェーラの住民や、
先進国の中で発展途上国と呼ばれる世界で人として考えられていない人々と
同じ立場に立たされてしまうということでもあります。
しかもこの映画では
「シティ・オブ・ゴッド(シダーヂ・ヂ・デウス)」や「ナイロビの蜂」と違って
先進国の住人たち、中流以上の生活を享受していた者たちまでもが
「目が見えなくなる」ことによって
「見えない存在」の立場に転じてしまいます。
この構図は、ある種、強烈なアイロニーも漂ってきます。
そして、感染者はさらに増加、
隔離施設も飽和状態に。
全く異なるバックグラウンドを持つ人間
全く異なる考え方の人間が集う収容所は
やがて完全に社会から孤立して
特殊な状況下でのヒエラルギーも生まれて生きます。
この収容所の中に
実は目が見える人間が一人だけ、紛れ込んでいたのです。
彼女は、眼科医の妻。
隔離収容される夫を案じ、自分も目が見えなくなったふりをして行動を共にしていたのですが...。
演じているのはアメリカ合衆国の女優ジュリアン・ムーア。
メイレリス監督はこの映画で
「生きる」ことが当たり前な観客に対して
「生きる」ことを勝ち取るために死ぬような思いを科せられる
極限状態の人間の姿を
遠慮なく、生々しく突きつけてきます。
この映画の中で主人公達は
ある決断を迫られるのですが、
同じような状況が描かれたとしたらおそらく
日本映画やハリウッド映画の価値観では
メイレリスが描くようなリアルな応えは選ばずに
綺麗ごとやヒロイズムを押し通して
奇跡的に問題を解決してしまうと思います。
収容所を地獄絵図に書き換えるきっかけを作る男を「モーターサイクル・ダイアリーズ」でチェ・ゲバラに扮したガエル・ガルシア・ベルナルが演じます。
しかしメイレリスは容赦なく、リアルな答えを突きつけます。
今まで私たちが描いていた価値観は、脆くも、崩れ去らざを得なくなります。
平和な生活に興じている私たちに私たち日本人にはショックが大きいかもしれません。
確かにこの映画はフィクションですが
伝染病の蔓延した世界や収容所の中でなくとも
ただ「生きる」ためだけに
このような選択を強いられなければならない立場、状況の人が
おそらく世界には数多くいるのだろうということを考えれば
ショックを受けていること自体が、なんてお気楽な立場なんだろうと思い知らざるを得ません。
そういう意味ではこの映画は
メリレリスの映画らしく
それ相応の覚悟を持って観るべき作品だと言えます。
しかし
やはり、これまたメイレリス映画らしく
だからと言って観るものを絶望の淵に立たせることはせず
希望をも、見せてくれます。
生きるとは?
闘うとは?
愛するとは?
共に居るということは?
依存とは?
助けるとは?
助けられるとは?
いろいろなことを真剣に考えさせられるこの映画は
僕は、人として、観ておくんべき映画だと思います。
「ブラインドネス」
丸の内プラゼールほか 全国ロードショー
麻生雅人(あそう まさと)
ブラジルに心を奪われたモノ書き。雑文から音楽評論まで。雑誌は「R25」などに執筆。書籍編集、番組構成、CD監修なども。「ブラジル大作戦」(MUSIC AIR)、「Radio Brisa Brasileira」(STARdigio)が放送中。書籍では「サンバ」、「ブラジリアン・ミュージック」(共にシンコー・ミュージック)など。個人blogでもほぼ毎日ブラジル関連情報紹介中(http://brisabrasileira.pokebras.jp/)。写真はアサイーの故郷トメアスーのCAMTAにて。
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